発達障害重ね着男の備忘録

発達障害(ADHD、ASD)持ち。備忘録的に継続して行く事が目標です。

[雑記]実家帰省が思いの外快適だったり、東京って良かったなとふと思ったり、色々

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こんにちは。

一昨日から諸般の事情で実家に帰っている。
諸般の事情とは言っても、僕の双極性的な面が悪化して、妻と距離置きたかったということだったり、車が無くなったため、もう実家の近くで働くこともないなと思って、らしくもなく郷愁など覚えたからなのだが。

僕にとってのノイズとは、内側にも外側にもある

僕にとって、「ノイズ」とは2種類ある。それは頭の中のとっ散らかった考え事と、単純な外的騒音だ。便宜上、前者を「内的ノイズ」、後者を「外的ノイズ」と呼ぼう。

内的ノイズは、ストラテラを服用してから、少し減ったような気がする。以前は、同時に7〜8通りの考え事が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返していたが、今はせいぜい3〜4つと言った具合だ。これはどこにいようが変わらない。今もブログを書きながら、他の考え事を2つ3つしている。一体僕の脳はどうなっているんだ。なんというか、自分で言うのも変な話だが、本当におかしな奴で興味が尽きない。

外的ノイズは、実家に帰ってみて、自分がノイズと感じるものがなんなのか、ようやく分かってきた。

それは、人の声だったり気配だったり、いわゆる人が存在するという事がそもそも僕にとっては外的ノイズとなり得る。今、自宅はマンションなので、とにかく人の気配と子供の声などがよく聞こえる。子供は嫌いではないし、むしろ好きなのだが、彼らの甲高い泣き声だけはどうしても耐えられないのだ。正直、今の自宅では耳栓無しではストレスがたまり、すり減り、自滅しそうだ。

それが、実家に帰ってみると、聞こえてくるのは車の通過する音、風の音、録画予約機能付きDVDプレイヤーの機械音くらいだ。これらは全くストレスにならない。人の気配も、家族以外は感じない。本当に快適だ。
後は、ふと出かけたり、お店に立ち寄っても、誰も干渉してこない。 これが自宅がある地域と実家のある地域の最大の違いだ。服屋なんかに行っても、滅多に話しかけられることはない。これは本当に僕にとってはありがたい環境だ。とにかく放っておいて欲しい。話しかけてこないで欲しい。特に街という雑踏の中では。(山や川など、もともとノイズが少ない場所ではもう少し寛容になるが)

そういう意味で、東、または緯度高めの地域の人が多く集まる東京という街は、本当に人に無関心だ。僕は東京に住む前は怖くて仕方なかったが、実際に5年過ごしてみると、その無関心さが心地良かった。 東京の中でも人がそれほどいない街ということも大きかったのだろうが、場所を選べば煩わしい人間関係からは解放されうるという点で、僕は東京ではそれほど外的ノイズを感じなかった。 たまに街に出ても、お互い「関心を持たない」というルールを共有しているため、声以外の気配がそれほどストレスにならない。

妻がいる自宅に帰りたい気持ちは強いが、人の圧がすごい、干渉的な自宅のある地域で、いったいいつまで僕は生活できるのだろうか。 東京以北に帰りたい、せめてフォッサマグナ以東に住まわせていただきたい。それが今の正直な気持ちだ。