発達障害重ね着男の備忘録

発達障害(ADHD、ASD)持ち。備忘録的に継続して行く事が目標です。

[考え方の変化] 発達障害「だから」出来ない、をやめる!

こんにちは。いっしーです。

最近は、復職目標期間内の復職が出来なかったり、何かと習慣付けたい事が出来ていなかったり、とにかく自己嫌悪でブログの更新も出来ていませんでした。




発達障害「だから」出来ない、はやめて、発達障害「なりにできる」事を考える


復職目標期間内に復職が出来なかったことはすごくショックで、いろいろなことから逃げる格好の理由になりました。

発達障害だからしょうがない、そんな風にも考えました。

唯一習慣化しかけていたブログの更新も滞る始末…。

確かに、発達障害特性は厄介ですが、自分の心の弱さと習慣付けの下手さから出来ないことも物凄く多かったなって、今は思います。

発達障害特性が壁になるなら、その壁を無理に乗り越えるんではなくて、その隣にあるごくごく小さなハードルから乗り越えようとするべきでした。




完璧主義はやめる。ベビーステップから始める。


このブログの更新もそうですが、考え事が多すぎていちいち長文になっていました。今までの分量で続けるのはものすごく心理的に負担でした。

これからは、シンプルに自分の備忘録として、それがなにか他の人のヒントになればラッキー、くらいのスタンスで短くブログを書いていきたいと思います。それが僕のベビーステップです。


また、東に行くために勉強も必要になってくるかと思いますが、これも当面は毎日15分のベビーステップで習慣付けしていきたいと思います。



今日の投稿は以上です。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[短期目標]東に生活拠点を置きたい

こんにちは。いっしーです。

現在僕は発達障害に起因する適応障害で休職しております。


issyadhd.hatenablog.com



適応出来なかった原因は、仕事の内容とのミスマッチであったり、学生と社会人との責任の大きさの違いだったり、色々とあるとは思うのですが、ひとつ大きなものとして「居住地域」の問題があります。




どうしても合わない「西」の水


*先に断りを入れますが、これはあくまで僕の適応力の問題ですので、いわゆる西日本の文化や人間性が悪いものだとは思っていません。



僕はもともと関東以北の文化や人間性の中で育って来た人間です。
「関東以北」というぼやかした表現になってしまうのは、東北や関東の中での引っ越しや転勤を数多く経験し、もはや「ここが故郷だ」と言える場がないからです。

大学は首都圏周辺だったため、それほど適応に苦労はしませんでした。
なにより、東京という街はいわゆる「地方の集合体」ですので、良くも悪くも雑多であり、周囲の人に関心を向けないという印象を今でも持っています。

それが人間関係が苦手な僕にとっては、心地よい空間になっていました。


しかし、就職後配属されたのは、フォッサマグナを隔てて西側の地域でした。

最初は楽しみもありましたが、東京や関東以北では感じたことのない距離感に適応することがどうしても難しかったです。

最初からオープンに人間関係を構築できない僕に取って、始めの段階から親密性を求められる西側のコミュニケーションの取り方にどうしても馴染めませんでした。


また、実家に帰る際の交通の便の悪さや、学生時代の友達が周囲にいなかったことも適応の障害となったのかな、と今は思っています。





とにかく東へ帰りたい


以上の理由から、また適応障害を悪化させないためにも、3年以内に東へ戻りたい、と今は切に思っております。

休職以来、「何がしたいんだろう」とか、「どうしたら生きやすいんだろう」とか色々と考えてきました。
今の仕事とか、妻の仕事とか、将来のこととか、一旦全部取っ払って考えてみると、やはり東に生活拠点を持ちたい、というのが正直な想いでした。


部署異動なのか、転職なのかはわかりませんが、とにかく東へ戻ろう、と。


東へ戻るためには、部署異動にしろ転職にしろ、試験や専門知識を持たなければならないので、勉強は必須です。

まず1年は勉強を習慣化させる期間として位置付け、残り2年で東へ帰るための準備を行って生きたいと思います。




今日のブログは終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[雑記]調子の「波」を受け入れる

こんにちは。いっしーです。

先日の投稿で、読書をする気も起きず手持ち無沙汰、だとお話しました。


issyadhd.hatenablog.com



マインドフルネスについても調べましたが、すぐには習得出来なさそうなので、長期スパンで考えようかなー、なんて思いつつ、ずっと読みかけだった「フリーター、家を買う」を読んでみたのですが、読み始めると意外や意外、その日のうちに読み終わってしまいました。






僕の気分には「波」がある、そしてそれは行動してみないと分からない


翌日も、この機会を逃すほかないと、読みたいと思いつつ中々読めていなかった本の中で極力薄いものを選んで読みました。「老人と海」です。

老人と海」って、名作!名作!と言われているので読んでみましたが、叙述的で話自体はすごく面白かったです。

ただ、「フリーター、家を買う」ほど軽く読める作品ではなかったですし、現在置かれている状況も「フリーター」ほど近くはなかったので、だいぶ体力を使ってしまったようで、その次の日は本を読むことが出来ませんでした。


また、迷惑メールが届いたりして少し鬱屈した気分になったり、本が読めないことでまた振り出しに戻ったような気持ちになったり、きっかけのようなことがいくつかあって、中々気の休まらない日々がこの2日ほど続きました。

なんというか、今振り返ると、実家から自宅に戻る前後までは、ものすごく自分に余裕がなくて、適応障害の症状自体は緩和していても、心の中が常にざわついている状態でした。
ですから、まともに本が読めなかったりもそうですし、妻や他者の気持ちも慮らなかったのだと思います。

それが少し落ち着いて、妻の気持ちを大切にしようと気づいたり、少しずつでも本が読める日が出てきたり、心のざわつきの方も、症状自体は良好に経過しているのだと思います。
しかし、些細なことで心が未だにざわつき始めるため、その日に何か行動して初めてその落ち込んでいる状態に気付く、というような時期に来ているのだと思います。






「波」に抗っても岸に押し返される。岸とは元の状態のこと


もともと躁鬱的な性格ですから、気分の「波」はどうしたってあります。
というより、誰にだって気分の「波」なんてあるのだと思いますが、自分の場合、谷底の状態に近い時に抗い過ぎている節があります。

ある意味、「波」に必死になって抗った結果、心や身体の傷となり、現在の状態を招いているわけです。

仕事もしていない状態なのに、その「波」に抗っても、自分を追い込むだけで何もいいことがないことにいい加減自覚しないといけなかったのです。

仕事をしていたって、理不尽な理由で怒られたり、自分のキャパシティ「超えてしまうことがあったり、「波」の底の時期はきますが、そこで抗うと必ず傷を負います。


サーファーではありませんが、自分自身「波」が生じやすい性格であること、その「波」に抗うと傷ついてしまうことを自覚して、1つ1つの物事に対処していきたいと思います。




今日の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[雑記]悪い意味で「空っぽ」状態が続いているので改善したい。

こんにちは。いっしーです。

現在、復職に向けて行動しなければならないのですが、最近手持ち無沙汰というか、何をするにも億劫な状態になってしまいました。

ある意味、余計なことを考えなくなって来た、と受けとめるならば、暇を持て余すのもいいことかもしれないですし、元気になって来た証左かもしれません。

しかし、趣味であった読書や、ADHDなどの発達障害、同年代の方の生き方、シンプルライフと言った興味のある分野のブログすら読むことが億劫になって来てしまって、焦りを感じています。




自分にとって「空っぽ」な状態は、かえってしんどい


行動が億劫になった原因にいくつか思い当たる節はあります。

1つは、ストラテラの主作用が効き過ぎているのでは、ということです。

ストラテラのお陰で頭の衝動性は抑えられ、家事、このブログの更新(備忘録的意味合いが強いので)などやるべき事はこなせるようになっているのですが、どうも「やらなければならない事以外のこと」に対する興味が失われてしまったように思います。

一歩目を踏み出せばすんなりと行くのかもしれませんが、その一歩目を踏み出すのが本当にしんどいです。

ストラテラは効き始めに長い時間がかかるので、もしかしたらまだ主作用が出きっていない、ということもあるのかもしれませんが…。

また、作用も人によって異なるそうなので、あまり過度な期待を薬に求め過ぎないほうが良いのかもしれません。(次回診断時に先生に相談しようと思います。)


もう1つは、貯金と衝動性抑制の為に、趣味であった「ウィンドウショッピング」を辞めていることです。

シンプルライフのブログを読んでも、「あぁ、良いけど、お店行ったら買ってしまいそうで怖いなあ」と思うなど、最近は自制心が働いています。

そのこと自体は良いのですが、自制心が効き過ぎて、様々なことに対する興味を自制し過ぎているのかもしれないと思うようになりました。


ある意味で、頭の中を占めていた複数の思考が減り、スッキリとした状態ではあるのですが、それが必ずしも僕にとって有益かというとそうではなくて、適度に頭の中の内容物があった方が落ち着くのかもしれません。





活路はマインドフルネス!?


そんな状態であることを主治医に大まかに説明したところ、この「マインドフルネス」を紹介されました。

マインドフルネスとは、瞑想のようなもので、1つのことに集中、言い換えるならば頭の中を1つのことだけで占めさせて、余計な考えを一切捨て去る、というようなものらしいです。(しっかり調べていないのでなんとも言えないのですが)

このマインドフルネスならば、「空っぽ」状態からの脱却と、複数思考の消滅も同時に図れそうです。

自分の呼吸に集中したり、時計の秒針を一心不乱に見つめるだけでも効果があるそうです。慣れるまで時間がかかったりもするそうですが、やってみる価値はあるかな、と思っています。




なんとか、現状の「空っぽ」状態を脱出し、せめてまた「趣味は読書です」と胸を張って言えるようになりたいです。

その為にも、少しマインドフルネスを調べてみたいと思いますり


今日の記事は終わりです。 読んでくださった方々、ありがとうございました。

[雑記]人に任せることの大切さに気づきました。

こんにちは。いっしーです。

僕は、変に完璧主義なところがあったり、1から100まで自分で進めないと不安になってしまうことがあります。

途中から手伝ったり、手伝ってもらったり、というのもなんだか苦手です。

そんな僕ですが、今回発達障害の確定診断を受けて、人に頼らざるを得ない状況になりました。
しかし、そのことをすんなりと受け止めていたわけでもなかったのだと、昨日同期からの電話で気づきました。





悩んでもどうにもならない時の選択肢に「人に何をしてほしいか伝える」を加える


僕はどちらかというと、人付き合いに対して受動的です。
連絡をもらえれば喜んで誘いに乗りますが、人を誘う、というのがどうにも苦手です。

ただ、感情が表情や態度に出やすいので、仲のいい人たちには困っていることを相談をすることはありますが、肝心なところで人を頼ることができなかったりします。

というよりも、「どうすればいいか」意見を聞く、それに対して議論することはあっても、「何をしてほしいか」伝えることが極めて苦手です。

今回、同期から言われたのは、「人にその特性をいちいち説明するんじゃなくて、キーマンに詳細説明してその人から全体に伝わるようにすればいいんじゃない?」ということでした。

その発想は僕にはなかったし、「あぁ、人に対して何かしてもらうよう頼む」ということは今まで中々して来なかったなぁ、と気づきました。




「人に何をしてほしいか」伝えるために


「人に何をしてほしいか」を伝えるためには、2つのことが必要であると考えます。

1つは、自分が困っていることを、自分自身で正確に言語化することです。

誰に対しても困りごとが伝わるように、要所を押さえて言語化することが必要です。
復職後は、1日の振り返りを習慣化して、困りごとの共通項を見つけ、言語化の助けにしたいと思います。

また、その際の言葉のチョイスも間違えないようにしなければなりません。波風を立てずに伝える工夫を心がけていきます。


もう1つは、「強要しない、期待しすぎない」ことです。

当然のことではありますが、その人にも都合がありますから、やってもらえることを前提とせず、お願いするスタンスが必要です。

自分の苦手をアピールするのではなく、このようなやり方にしていただけるとありがたい、と感謝を伝えつつ、提案するような形がいいのかな、と今は思っております。




人に頼りすぎることは決して良くないことだと思いますが、発達障害でなくともいずれは人に頼ることの大切さと難しさに直面していただろうと思います。
自分自身人に頼られるのは嫌いではありませんし、互いに頼る、頼られるいい意味での相互関係を築いていかなければならないのだと気づきました。




今日の記事はここで終わりです。 読んでくださった方々、ありがとうございました。

[医療費のこと]自立支援医療制度申し込み完了しました。

こんにちは。いっしーです。

ADHD適応障害の診断を受けて3ヶ月弱、ようやく自立支援医療制度を受けることになりました。





自立支援医療制度申し込みを行うハードル


1つは、単純にこの制度を知らなかったことです。
9月頃から、発達障害者の当事者の方々のブログを拝見させていただき、この制度がある事を知りました。

主治医には、適応障害の病状をメインに報告していたので、医療費が経済面の不安の種となっている事をなかなか打ち明けられておりませんでした。なんとなく恥ずかしさと言うか、情けなさもあったのだと思います。
今月初めに、ようやく医療費、薬価の負担が大きい事、自立医療支援制度を受けたい事を相談しました。翌週には診断書を書いてくださっていたので、支援検討を伝えてからの対応には感謝しています。


もう1つは、自立支援医療制度の1割負担の対象外の可能性があると思ったことです。

自立支援医療制度とは、経済的に医療費が大きな負担としてのしかかっている人を対象とした制度であり、実費負担額を1割にする制度です。しかし、市町村民税を235000円(年間)以上支払われている方は3割負担が継続されたままです。(重度かつ継続的な疾病と主治医が認めた場合を除く)

僕は、住民税と市町村民税の区別がはっきりとついていなかったので、一月分の住民税額をみて「もしかしてギリギリ対象外では?」との疑問がぬぐえず、なかなか言い出せずにいました。

会社から発行される給与明細書に表記されている「住民税」とは、都道府県民税と市町村民税が合算されたものですので、実際には全く超えておらず、無事申請が通ったのですが。

各自治体の保健所に問い合わせればすぐにわかるような事なのですが、なかなか億劫であったり、説明が難しく思えたりと、理由をつけて申請を見送っていました。


そう行った意味で、身近に詳しい人がいなければ、申請作業はなかなかハードルが高く感じられます。




自立支援医療制度申し込みに必要なものと手順


1、課税所得証明書(市町村民税額が記載されているもの)
2、医師の診断書(自治体ごとに指定あり。心療内科によっては予め用意されている所もあり)
3、申請書(自治体ごとに指定あり。)
4、本人確認書類(運転免許証など)


もし、自立支援医療制度に関心を持った際には、主治医にまず相談する事をお勧めします。
その後、住民票がある自治体で課税所得証明書を取得し、保健所にて申請書をもらってくると良いと思います。

医師から診断書がもらえれば、あとは保健所に申請に行くのみです。
僕の行った保健所では、慣れたもので、書き方を指南してくださいました。(丁度空いている時間だったからかもしれませんが)

注意点としては、負担額が1割となるのは、特定の病院と特定の薬局だけです。
複数通院している方が申請する際は、どこの病院での診察機会が多いか、また、どの薬が1番高いかを考慮した上で医師に相談すべきと思います。




これで少し経済的に余裕ができそうです。心の余裕も少しずつ生まれてくると思いますので、復職前に申請作業ができて本当にホッとしています。




今日の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[発達障害の復職]職業評価面談を受けて、会社に何を伝えるか

こんにちは。いっしーです。

先日、職業評価面談を受けた雑感を投稿しました。


issyadhd.hatenablog.com



それを受けて、会社にどのように障害を伝えるか、というよりもどの情報を取捨選択してアプローチしていくか、妻や親との話し合いを通して、大体の方向性が固まったので、備忘録として書き留めたいと思います。



最低限伝えなければいけないことは何か


今回、職業評価結果を表した資料には、個人情報がたくさん記載されております。

その全てを開示することは心理的抵抗もありますし、会社に個人情報のほとんどを知られてしまうというリスクもつきまといます。

かと言って、基本的には継続的な雇用を互いの共通認識としている以上、再度体調を崩してしまうというようなことは避けなければなりません。

つまり、この「継続的な雇用」にあたり必要な情報が、最低限開示しなければならない情報になります。


例えば、マルチタスクへの対応、曖昧な指示の汲み取りの難しさなどの特性がそれに当たります。
また、手先の不器用さ、動きの俊敏さが不足していること、初めて行なう作業のミスの多さなどの苦手分野も開示する必要があると思います。




プラスアルファで伝えなければならないこと


上記で「継続的な雇用」について述べましたが、利潤を追求する企業である以上、利益に値しない社員を置いておくリスクを僕の側からも考えないといけないと思います。

そこで、認知機能群に分類される分野、数理や書記、言語などの得意分野では利益に供することが出来る可能性がある、ということも職業センター様という第3者から説明してもらうことで、客観的な情報として、会社の配属の判断材料にしてもらえれば、とは思っています。

担当主任カウンセラーの方もおっしゃっておりましたが、定着率が高い発達障害者は、会社内で「この人にこれを任せれば安心だ」と思われるような武器で自分の苦手をカバーしているようです。

要はマッチングの問題であると思うのですが、マッチングが可能か否かを判断するのはあくまで会社なので、せめてマッチングする部門を探してもらうための材料として、得意分野も開示したほうが良さそうです。




復職面談から復職部署で働くまでに共通するスタンス


復職面談では、僕のために会社の要職者が、忙しい中わざわざ来てくださるわけですから、まずは感謝の気持ちかつ謙虚な気持ちで接しなければならないと強く心に留めています。
(普段の言動が少し謙虚さに欠けるので、気をつけようと思います)

また、上記にあげた以上の情報を喋りすぎない、というのも僕にとっては大事なポイントかな、と思います。ともすれば、「多少の残業なら大丈夫です」とか、「指示が明確ならば対応できます」とか、自分から無理をしてしまったり、特定の部署や個人を批判しかねない言動に発展してしまいかねないので。。。

そして、1番大事なのは、「ジョブマッチングよりもマンマッチングなんだ」という意識だと思います。

実際、負荷がかかりながらも1年間はやりがいを持って働けたのは、直属の上司がいい意味で僕にやり方を任せてくれたこと、適切なタイミングでわかりやすい指示を出してくれたことが大きかったと今になって気づきました。2人でよく飲みにも行かせてもらいましたし、その意味で、マンマッチングしていただいていたんだな、と思い、感謝しています。

他の部署でもマンマッチングしていくために、謙虚な姿勢と感謝の姿勢を表明しながら、最低限どうしても苦手なところを受け入れたもらうために、言葉を選んで伝えていくことが大切なのかなと思いました。

来月初めの3者面談、今から緊張しています。 なんとか平常心で望めるよう、今から準備して行きたいと思います。


今日の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[発達障害]職業評価の結果が出ました。

こんにちは。いっしーです。

一月少し前、ブログを始める少し前に、障害者職業評価センター様にて、「職業評価診断」を受けてきました。

今日はその結果を受けての面談でした。 簡単にブログに綴りたいと思います。




職業評価診断とは


まずは簡単にご紹介を。
職業評価診断とは、「聴き取り」、「POMS検査」、「職業適性検査(筆記)」、「職業適性検査(実技、MWS簡易版)」、「職業レディネス検査」の5つからなります。


「聴き取り」 現在の状況を表します。僕が書かれたことは日常生活とコミュニケーションの面についてです。

「POMS」 現在の感情を表します。感情とは、「怒り」、「混乱」、「抑鬱」、「活気」などです。

「職業適性検査(筆記)」 知的、言語、数理などの認知機能群と、空間、形態の知覚機能群に分かれます。

「職業適性検査(実技)」 指先の器用さや動作の俊敏さから、請求書の間違いチェックや作成など、基本的な体の動かし方から実務的なことまでを測ります。

「職業レディネス検査」 自分の興味や自信のある分野を図る指標になります。




面談の結果


全体を通して思ったことは、「能力についてはほとんど予想通り、感じていることはだいぶ変わったことを示す結果だった」ということでしょうか。

やはり、WAIS-ⅲ検査と同様、言語性IQ的な要素を持つ認知機能群は高水準、どちらの要素も持つ知覚機能群は平均より少し上、動作性IQ的な要素を持つ運動機能群は平均より下、でした。

認知機能群から知覚機能群までの落差が大きいので、やはりそこが生きていく上で支障をきたす部分、ということでしょう。 ここまではある程度予想していました。


予想外だったのは、「POMS」と「聴き取り」、「職業レディネス検査」の結果です。

2ヶ月前の自分はだいぶ尖っているなぁ、と他人事のように感じてしまいました。

怒りや混乱の数値が高く、だいぶ戸惑い、周囲に怒りを向けていたことが客観的にわかります。

聴き取りでは、聞かれたこと以上を答えていた印象です。

また、職業レディネス検査では、研究や芸術領域に興味が偏り、現実や定型業務はほぼ興味なしだったので、今までの仕事への拒否感が強かったのだと思います。




面談の結果を受けて


やはりというか案の定というか、自分の得意なところがインプットだけに偏っており、アウトプット能力やコミュニケーション能力は平均より下の印象なので、いくらインプットを強めてもアウトプット能力がそれに見合わなければ、そのインプットは活かせないのかな、と。

学生の勉強や資格取得みたいなインプットオンリーならなんとかなるかもしれませんが、社会人となるとアウトプット能力が求められますし、そこに対して理解やフォローを求めなければならないんだな、と気付きました。

しかし、理解を社会や会社、周囲の人間に対して求めてもどうしようもないので、まずは自分が変わろうと思います。

というか、周りから理解を得ようと思ったら、最低限頑張らざるを得ないのだと思います。
なんとか、周りの見る目を変えていかないと、と今は思います。
一月半ほど前のように、怒りや混乱ばかりの感情が先行しても、何もいいことなかったですから…

とりあえずは、これを基準にして復職面談を行なっていくので、会社側へ説明する意味でも職業評価を行なって良かったです。

また、それ以上に、自分を客観的に見る事が出来たし、能力値はWAIS-ⅲの結果とリンクしていたので、自分が少しでも埋める努力をしなければならない凸凹がわかったことが良かったです。




今日の記事は以上で終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[雑記]僕の「居場所」はどこだ!?

こんにちは。いっしーです。

僕は幼少の頃から転校や引越しを繰り返し、特定の場所に5年以上留まった事がありません。

今の実家も、最近になって建てたものですので、あまり思い入れもないし、そもそも僕の部屋自体ありません。

自宅にも、越してきたばかりですし、あんまり「居場所」感が根付いてはいませんが、とりあえずは今の居場所は自宅になるでしょう。





もしかして、僕のアイデンティティに 「居場所」はない!?


アイデンティティの形成の中で、「居場所」はなかなか大きいウェイトを占めると思います。
ですが、僕は5年以上同じ場所で過ごしたことがないので、どうも「ここだ!」と明確に言える居場所がないように感じます。

だいたい、出身というか、大まかな関東以北というような、そういう意味での「居場所」はあるのですが、原風景みたいな意味での「居場所」はどうも僕の中にはないような気がしています。





家族がいれば「居場所」なのかというと、そうでもない


しかも、僕の場合、高校生から下宿生活をしているので、親元から離れてだいぶ経つので、実家に帰っても気を使うことが多いです。

実家の生活リズムや生活スペース、習慣の中に確実にいたのですが、これだけ離れて1人での生活を確立してしまうと受け入れられない面が多々出てくるのです。

ですので、休職中も、2週間ほど実家に帰りましたが、正直2週間はギリギリの期間だったと思います。だいぶストレスが溜まっていました。

家族と言えど、別々に生活する期間が長ければ、意識せずとも気を使ってしまいます。





自宅が「居場所」として根付かないと、不安


今の自宅は、妻の社宅です。妻の社宅の方が立地や福利厚生が良かったのでそうなりました。結果、休職しているので、僕の方の社宅だと居づらくてしょうがなかったでしょうから、良かったのですが。

ただ、やはり「居場所」かというと、なんとも口ごもってしまいます。
妻に間借りさせてもらっている、とでもいうのか、なんとも言えない感情が渦巻くことがあります。

特に、妻と些細なことで喧嘩すると、途端に居心地が悪くなります。
2LDKという絶妙な間取りで、自分の部屋を互いに持たないことも関係しているのでしょうが、あまりものを持っても管理出来ないので、喧嘩して居ない時には理想的な間取りなのですが。




どうやら「居場所」はなさそうだ…


以上から総括すると、どうやら僕の「居場所」は現状なさそうです。

「居場所」を作るとするなら、それは場所ではなくて、妻との関係性の中で見つけていくことになるのかなと思います。

とは言え、トラブルメーカー的な素養が強い僕と暮らしていては、妻も文句の1つも言いたくなるというもの。どうしても普通の夫婦より喧嘩は増えてしまうのかな、と。

その度、「居場所」がなくなる感覚に陥るのは寂しいなぁ、なんて考えた、まさに妻を不機嫌にさせてしまった今日なのでした。



今日はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[雑記]コンプレックスなんて持っててもなんもいいことない、けど…

こんにちは。いっしーです。

今日は、定期診察の日でした。

issyadhd.hatenablog.com

過去記事にもまとめた通り、話したいことはすべてメモして簡潔に説明するよう努力はしているんですが、毎回少し他の人より長くなってしまって、申し訳ないです。

今日は特に長くなってしまったように感じたんですが、先生から「気付き」をもらったので、忘れないように書き留めておこうと思います。



僕のコンプレックスの原点は身近な存在である「妹」


昨日の記事で、「少し勉強の出来る自分」が好きだから、短いタームで目標を達成して、好きだった頃の自分を取り戻していきたい、と書きました。

「取り戻していきたい」と書いたように、現状はそのような自分ではありません。

幼少期から中学1年頃にかけては、自主学習が盛んな地域だったこともありますが、何より知的好奇心が強い子供だったので、いろんなことを勉強するのが嫌いではなかったので、自主学習は習慣化できていましたし、読書も大好きな子供でした。

中学時代に部活が忙しくなり、勉強する習慣はなくなりましたが、それまでの貯金と自分への根拠のない自信でなんとか受験を乗り切り、高校は志望校に合格しました。

この頃までは、まだ「少し勉強の出来る自分」に対して誇りを持っていたし、自分のことが好きでした。


そんな自分の自意識を変えたのは、妹の存在です。


僕は、幼少期の妹が、読書をしているところも、勉強をしているところも、一緒に暮らしているのにみたことがありません。

中学に入っても、妹はテレビを見て呑気に笑っているだけで、テスト前もダイニングテーブルで「ながら勉強」を1時間くらいするだけでした。

それでも、彼女は僕の地域で最も偏差値の高い高校に合格し、1年次はその中でもトップクラスの成績でした。


決定的だったのは、僕が高校3年の頃、受験勉強に四苦八苦していたところ、ふいに妹がやって来て、その問題をいとも簡単に解いてしまったのです。

なぜ2年も学年が違うのにそんな問題が分かるのか、と聞いたところ、妹は得意そうな様子も見せず、当たり前のようにこう答えました。


「教科書が頭の中で写真みたいに張り付いてるんだよ。そこから答えを探す作業をしてるだけ。」

「数学の定理も覚えるんじゃなくて、1から定理を見つけるつもりで解いてたら、見つかるようになるよ」


正直、僕の頭の中は「こいつ、何言ってるんだ?」状態。

教科書が頭の中に張り付く?ドラえもんの暗記パンでも食ったのかこいつは。

定理を1から見つける?ピタゴラスかなにかのつもりか。


しかし、僕の志望校の問題をことも無げに解いていく姿を見て、「あぁ、こいつにはどうやっても勉強じゃ勝てないんだな」と察してしまったことは覚えています。

それ以来、知的欲求をくすぐるようなことに対して、以前より興味を持てなくなりました。




「なりたい自分」はコンプレックスの裏返し


今日、先生から、「そもそもどうして勉強頑張れなくなっちゃったのかな?」と聞かれた時に、少し詳しく妹に対してコンプレックスを持っていることを話しました。

見出しは、それに対して先生から帰ってきた言葉です。


コンプレックスがモチベーションに繋がるのならいいけど、自分を縛り付けるようになったらしんどいと思いますよ。


妹さんが得意なところとあなたが得意なところが違っているだけで、上を見ても下を見てもキリがないよね。


僕から見ても、妹さんのその能力は羨ましいな、とは思います。もっと楽に勉強出来たのになぁ、って。だから、それに対してコンプレックスを持つことは普通だよ。


それを聞いて、少し楽になりました。


あぁ、お医者さんになるくらいの人でも、羨ましいと思うくらい、妹は得意なところがあるんだな。でも、妹は部活では僕より活躍は出来なかったなぁ。得意なところが違うだけ、そうかもしれないなぁ。でも、俺が得意でありたかったところで、あいつが得意だなんてずるいや。有効活用全然してないし!


あくまでも楽になったのは少しだけですけど、これも昨日書いた「やりたい」欲求向上と一緒で、もっと短いタームで少しずつコンプレックスを取り除いていかないといけないのかな、と思うようになりました。


彼女に対しては色んな感情が渦巻き過ぎて、フラットな目線で接することができなくなっています。 離れて暮らすようになって以来、ものすごく疎遠になっています。


コンプレックスなんて簡単に拭えるものでもないし、彼女との関係性も簡単には変わらないと思うけれど、少しずつ少しずつ、自分の認知を変えていければいいのかな、と思います。

とりあえずは、彼女に対して持っている「ずるいや」という感情の除去を目指します。



何が言いたいのか分からない記事ですが、読んでくださった方々、ありがとうございました。