マルに見紛う多角形

発達障害(ADHD、ASD)当事者が、勉強しながらキャリアとか考えてみます。

[雑記]調子の「波」を受け入れる

こんにちは。

先日の投稿で、読書をする気も起きず手持ち無沙汰、だとお話しました。


http://issyadhd.hatenablog.com/entry/2016/11/21/%EF%BC%BB%E9%9B%91%E8%A8%98%EF%BC%BD%E6%82%AA%E3%81%84%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%A7%E3%80%8C%E7%A9%BA%E3%81%A3%E3%81%BD%E3%80%8D%E7%8A%B6%E6%85%8B%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8Bissyadhd.hatenablog.com



マインドフルネスについても調べましたが、すぐには習得出来なさそうなので、長期スパンで考えようかなー、なんて思いつつ、ずっと読みかけだった「フリーター、家を買う」を読んでみたのですが、読み始めると意外や意外、その日のうちに読み終わってしまいました。






僕の気分には「波」がある、そしてそれは行動してみないと分からない


翌日も、この機会を逃すほかないと、読みたいと思いつつ中々読めていなかった本の中で極力薄いものを選んで読みました。「老人と海」です。

老人と海」って、名作!名作!と言われているので読んでみましたが、叙述的で話自体はすごく面白かったです。

ただ、「フリーター、家を買う」ほど軽く読める作品ではなかったですし、現在置かれている状況も「フリーター」ほど近くはなかったので、だいぶ体力を使ってしまったようで、その次の日は本を読むことが出来ませんでした。


また、迷惑メールが届いたりして少し鬱屈した気分になったり、本が読めないことでまた振り出しに戻ったような気持ちになったり、きっかけのようなことがいくつかあって、中々気の休まらない日々がこの2日ほど続きました。

なんというか、今振り返ると、実家から自宅に戻る前後までは、ものすごく自分に余裕がなくて、適応障害の症状自体は緩和していても、心の中が常にざわついている状態でした。
ですから、まともに本が読めなかったりもそうですし、妻や他者の気持ちも慮らなかったのだと思います。

それが少し落ち着いて、妻の気持ちを大切にしようと気づいたり、少しずつでも本が読める日が出てきたり、心のざわつきの方も、症状自体は良好に経過しているのだと思います。
しかし、些細なことで心が未だにざわつき始めるため、その日に何か行動して初めてその落ち込んでいる状態に気付く、というような時期に来ているのだと思います。






「波」に抗っても岸に押し返される。岸とは元の状態のこと


もともと躁鬱的な性格ですから、気分の「波」はどうしたってあります。
というより、誰にだって気分の「波」なんてあるのだと思いますが、自分の場合、谷底の状態に近い時に抗い過ぎている節があります。

ある意味、「波」に必死になって抗った結果、心や身体の傷となり、現在の状態を招いているわけです。

仕事もしていない状態なのに、その「波」に抗っても、自分を追い込むだけで何もいいことがないことにいい加減自覚しないといけなかったのです。

仕事をしていたって、理不尽な理由で怒られたり、自分のキャパシティ「超えてしまうことがあったり、「波」の底の時期はきますが、そこで抗うと必ず傷を負います。


サーファーではありませんが、自分自身「波」が生じやすい性格であること、その「波」に抗うと傷ついてしまうことを自覚して、1つ1つの物事に対処していきたいと思います。




今日の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[医療費のこと]自立支援医療制度 申請しました。

こんにちは。

ADHD適応障害の診断を受けて3ヶ月弱、ようやく自立支援医療制度を受けることになりました。





自立支援医療制度申し込みを行うハードル


1つは、単純にこの制度を知らなかったことです。
9月頃から、発達障害者の当事者の方々のブログを拝見させていただき、この制度がある事を知りました。

主治医には、適応障害の病状をメインに報告していたので、医療費が経済面の不安の種となっている事をなかなか打ち明けられておりませんでした。なんとなく恥ずかしさと言うか、情けなさもあったのだと思います。
今月初めに、ようやく医療費、薬価の負担が大きい事、自立医療支援制度を受けたい事を相談しました。翌週には診断書を書いてくださっていたので、支援検討を伝えてからの対応には感謝しています。


もう1つは、自立支援医療制度の1割負担の対象外の可能性があると思ったことです。

自立支援医療制度とは、経済的に医療費が大きな負担としてのしかかっている人を対象とした制度であり、実費負担額を1割にする制度です。しかし、市町村民税を235000円(年間)以上支払われている方は3割負担が継続されたままです。(重度かつ継続的な疾病と主治医が認めた場合を除く)

僕は、住民税と市町村民税の区別がはっきりとついていなかったので、一月分の住民税額をみて「もしかしてギリギリ対象外では?」との疑問がぬぐえず、なかなか言い出せずにいました。

会社から発行される給与明細書に表記されている「住民税」とは、都道府県民税と市町村民税が合算されたものですので、実際には全く超えておらず、無事申請が通ったのですが。

各自治体の保健所に問い合わせればすぐにわかるような事なのですが、なかなか億劫であったり、説明が難しく思えたりと、理由をつけて申請を見送っていました。


そう行った意味で、身近に詳しい人がいなければ、申請作業はなかなかハードルが高く感じられます。




自立支援医療制度申し込みに必要なものと手順


1、課税所得証明書(市町村民税額が記載されているもの)
2、医師の診断書(自治体ごとに指定あり。心療内科によっては予め用意されている所もあり)
3、申請書(自治体ごとに指定あり。)
4、本人確認書類(運転免許証など)


もし、自立支援医療制度に関心を持った際には、主治医にまず相談する事をお勧めします。
その後、住民票がある自治体で課税所得証明書を取得し、保健所にて申請書をもらってくると良いと思います。

医師から診断書がもらえれば、あとは保健所に申請に行くのみです。
僕の行った保健所では、慣れたもので、書き方を指南してくださいました。(丁度空いている時間だったからかもしれませんが)

注意点としては、負担額が1割となるのは、特定の病院と特定の薬局だけです。
複数通院している方が申請する際は、どこの病院での診察機会が多いか、また、どの薬が1番高いかを考慮した上で医師に相談すべきと思います。




これで少し経済的に余裕ができそうです。心の余裕も少しずつ生まれてくると思いますので、復職前に申請作業ができて本当にホッとしています。




今日の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[発達障害の復職]職業評価面談を受けて、会社に何を伝えるか

こんにちは。
先日、職業評価面談を受けた雑感を投稿しました。


issyadhd.hatenablog.com



それを受けて、会社にどのように障害を伝えるか、というよりもどの情報を取捨選択してアプローチしていくか、妻や親との話し合いを通して、大体の方向性が固まったので、備忘録として書き留めたいと思います。



最低限伝えなければいけないことは何か


今回、職業評価結果を表した資料には、個人情報がたくさん記載されております。

その全てを開示することは心理的抵抗もありますし、会社に個人情報のほとんどを知られてしまうというリスクもつきまといます。

かと言って、基本的には継続的な雇用を互いの共通認識としている以上、再度体調を崩してしまうというようなことは避けなければなりません。

つまり、この「継続的な雇用」にあたり必要な情報が、最低限開示しなければならない情報になります。


例えば、マルチタスクへの対応、曖昧な指示の汲み取りの難しさなどの特性がそれに当たります。
また、手先の不器用さ、動きの俊敏さが不足していること、初めて行なう作業のミスの多さなどの苦手分野も開示する必要があると思います。




プラスアルファで伝えなければならないこと


上記で「継続的な雇用」について述べましたが、利潤を追求する企業である以上、利益に値しない社員を置いておくリスクを僕の側からも考えないといけないと思います。

そこで、認知機能群に分類される分野、数理や書記、言語などの得意分野では利益に供することが出来る可能性がある、ということも職業センター様という第3者から説明してもらうことで、客観的な情報として、会社の配属の判断材料にしてもらえれば、とは思っています。

担当主任カウンセラーの方もおっしゃっておりましたが、定着率が高い発達障害者は、会社内で「この人にこれを任せれば安心だ」と思われるような武器で自分の苦手をカバーしているようです。

要はマッチングの問題であると思うのですが、マッチングが可能か否かを判断するのはあくまで会社なので、せめてマッチングする部門を探してもらうための材料として、得意分野も開示したほうが良さそうです。




復職面談から復職部署で働くまでに共通するスタンス


復職面談では、僕のために会社の要職者が、忙しい中わざわざ来てくださるわけですから、まずは感謝の気持ちかつ謙虚な気持ちで接しなければならないと強く心に留めています。
(普段の言動が少し謙虚さに欠けるので、気をつけようと思います)

また、上記にあげた以上の情報を喋りすぎない、というのも僕にとっては大事なポイントかな、と思います。ともすれば、「多少の残業なら大丈夫です」とか、「指示が明確ならば対応できます」とか、自分から無理をしてしまったり、特定の部署や個人を批判しかねない言動に発展してしまいかねないので。。。

そして、1番大事なのは、「ジョブマッチングよりもマンマッチングなんだ」という意識だと思います。

実際、負荷がかかりながらも1年間はやりがいを持って働けたのは、直属の上司がいい意味で僕にやり方を任せてくれたこと、適切なタイミングでわかりやすい指示を出してくれたことが大きかったと今になって気づきました。2人でよく飲みにも行かせてもらいましたし、その意味で、マンマッチングしていただいていたんだな、と思い、感謝しています。

他の部署でもマンマッチングしていくために、謙虚な姿勢と感謝の姿勢を表明しながら、最低限どうしても苦手なところを受け入れたもらうために、言葉を選んで伝えていくことが大切なのかなと思いました。

来月初めの3者面談、今から緊張しています。 なんとか平常心で望めるよう、今から準備して行きたいと思います。


今日の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[発達障害]職業評価の結果が出ました。

こんにちは。

一月少し前、ブログを始める少し前に、障害者職業評価センター様にて、「職業評価診断」を受けてきました。

今日はその結果を受けての面談でした。 簡単にブログに綴りたいと思います。




職業評価診断とは


まずは簡単にご紹介を。
職業評価診断とは、「聴き取り」、「POMS検査」、「職業適性検査(筆記)」、「職業適性検査(実技、MWS簡易版)」、「職業レディネス検査」の5つからなります。


「聴き取り」 現在の状況を表します。僕が書かれたことは日常生活とコミュニケーションの面についてです。

「POMS」 現在の感情を表します。感情とは、「怒り」、「混乱」、「抑鬱」、「活気」などです。

「職業適性検査(筆記)」 知的、言語、数理などの認知機能群と、空間、形態の知覚機能群に分かれます。

「職業適性検査(実技)」 指先の器用さや動作の俊敏さから、請求書の間違いチェックや作成など、基本的な体の動かし方から実務的なことまでを測ります。

「職業レディネス検査」 自分の興味や自信のある分野を図る指標になります。




面談の結果


全体を通して思ったことは、「能力についてはほとんど予想通り、感じていることはだいぶ変わったことを示す結果だった」ということでしょうか。

やはり、WAIS-ⅲ検査と同様、言語性IQ的な要素を持つ認知機能群は高水準、どちらの要素も持つ知覚機能群は平均より少し上、動作性IQ的な要素を持つ運動機能群は平均より下、でした。

認知機能群から知覚機能群までの落差が大きいので、やはりそこが生きていく上で支障をきたす部分、ということでしょう。 ここまではある程度予想していました。


予想外だったのは、「POMS」と「聴き取り」、「職業レディネス検査」の結果です。

2ヶ月前の自分はだいぶ尖っているなぁ、と他人事のように感じてしまいました。

怒りや混乱の数値が高く、だいぶ戸惑い、周囲に怒りを向けていたことが客観的にわかります。

聴き取りでは、聞かれたこと以上を答えていた印象です。

また、職業レディネス検査では、研究や芸術領域に興味が偏り、現実や定型業務はほぼ興味なしだったので、今までの仕事への拒否感が強かったのだと思います。




面談の結果を受けて


やはりというか案の定というか、自分の得意なところがインプットだけに偏っており、アウトプット能力やコミュニケーション能力は平均より下の印象なので、いくらインプットを強めてもアウトプット能力がそれに見合わなければ、そのインプットは活かせないのかな、と。

学生の勉強や資格取得みたいなインプットオンリーならなんとかなるかもしれませんが、社会人となるとアウトプット能力が求められますし、そこに対して理解やフォローを求めなければならないんだな、と気付きました。

しかし、理解を社会や会社、周囲の人間に対して求めてもどうしようもないので、まずは自分が変わろうと思います。

というか、周りから理解を得ようと思ったら、最低限頑張らざるを得ないのだと思います。
なんとか、周りの見る目を変えていかないと、と今は思います。
一月半ほど前のように、怒りや混乱ばかりの感情が先行しても、何もいいことなかったですから…

とりあえずは、これを基準にして復職面談を行なっていくので、会社側へ説明する意味でも職業評価を行なって良かったです。

また、それ以上に、自分を客観的に見る事が出来たし、能力値はWAIS-ⅲの結果とリンクしていたので、自分が少しでも埋める努力をしなければならない凸凹がわかったことが良かったです。




今日の記事は以上で終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございます。

[ADHDの工夫]「やりたくない」を「やりたい」に変える具体的な心構え

こんにちは。いっしーです。

先ほど、やりたくないことをADHD特性を持つ私たちがやるためのぼんやりした記事を投稿しましたが、もう少し具体的な例を挙げられるのではと思い、本日2回目の更新となります。


先ほどの記事はこちらから

issyadhd.hatenablog.com





もっと短いタームで理想の自分を想像する


僕の最終的な理想は「専門分野で活躍する」とか「英語がペラペラになる」とか、他にもたくさんあるんですが、どれも1年、1ヶ月、1週間で達成できるものではないです。
それなのに、戦う前から「どうせ出来ない」と逃げていました。

言うなれば、富士山を登ろうと意気込んで登山口まで来たものの、すぐに足がすくんで引き返しているようなものです。 まず1合目、その次2合目、その繰り返しで山頂まで行けるわけです。 富士山を5分で登ろうなんて土台無理な話です。

ですから、1週間のタームでは、「5分でもいいから勉強を続ける」、1ヶ月のタームでは「単語帳をとりあえず1周終わらせる」、1年のタームでは「高校英語の単語ならば9割がた理解できる」など、それぞれ小さな目標を設定し、それが達成できたら自分で自分を死ぬほど褒めてあげることに決めました。




出来なかったとしても、自分を責めない(正当化はしない)


今までは、嫌なことを3日続けられなかったり、しなければいけなかったことが出来なかった時、心の中で自分を責めるか、それにも耐えられなければ正当化して来ました。

でも、これからは、出来なかった時に自分を責めるのはやめようと思います。正当化することはもっとやめようと思います。

まず、1人で完結することに関して自分を責めても、どうしようもないです。
明日は頑張ろう、で切り替えて終わりにしようと思います。

1人で完結しない事でも、そういう時は大概他人から責められます。もうその時点で責められているので、それはそれで受け入れて、自分はなぜそのような失敗をしたのかフラットに考えたほうがどう考えてもプラスです。正当化でも自責でもなく、反省するようにシフトしていきたいと思います。


ネガティヴな自分は確実にいて、出来ないことだらけ、不安だらけの自分は確実にいます。
だから、小さな変化でも、自分にとっては大きな進歩だ!と受け止めようと思います。

周りと比べて、もうダメだ…と思うのは疲れました…。

よくサッカー日本代表が「相手をリスペクトし過ぎた」と言っていますが、あれは相手と比べて自分たちを過小評価しすぎた、気持ちで負けていたと言いたいのでは、と解釈しています。

周りは周り。自分は自分。 それこそ「自分たちのサッカー」ならぬ、「家族含めた自分たちの人生」を生きていきたいと思います。



今日はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[雑記]ADHDが「やりたくない」をやる〜欲求と義務感の間〜

こんにちは。

突然ですが、自宅に戻って以来、約1週間ほどですが「勉強すること」にハマっています。
「ハマっている」と書くとなんとも殊勝なように聞こえます。
しかし、実際は、やりたいからやる、という「欲求」と、やらなければならないからやるという「義務感」の間で揺れながら、なんとか行動できている、というのが実情です。

しかし、それでもぼくにとっては大きな進歩。なぜなら、自主的な勉強など中学〜現在までにおいて3日と行ったことがないからです。

それも、中学以来、嫌いでしょうがなかった英語や、入社以来どうしても受け付けなかった会計の勉強を現在行っています。

一般的に、ADHD特性を持つ人は「嫌悪感を抱くものがどうしてもできない、後回しにする」ことが多いと思うので、この特性に悩んでいる方は多いと思うのですが、改善に少しでも役立てばと思い、まだ1週間しか経っていない今だけれど、今回の記事を書こうと思い至りました。




根源にあるものはなりたい自分への「欲求」


ぼくは、小学校高学年から中学校2年生くらいまで、あまり勉強していないのに人よりもあきらかに高得点が取れました。その頃は、「将来、当然英語でコミュニケーション取れるようになってるだろうな」とか、「何かの専門分野で活躍しているだろうな」と、努力もしていないくせに将来の「なりたい自分像」を勝手に思い描いていました。

いや、正確に言うと、今でも「こうなりたい」と思っている自分がいます。
ある時期、妹の圧倒的な頭の良さに打ちのめされ、ぼくはさらに勉強が嫌いになり、勉強しない自分を正当化し始め、自分に対して諦めの感情を持ち始めました。

しかし、やはり僕は、「人よりも少し勉強ができる自分」が好きで、自信を持っていて、そのステータスを示す状態として、「英語がペラペラ」、「専門分野で活躍」する自分を想定していたのです。




「欲求」が「義務感」に変わると、途端にやる気がなくなる自分


僕は上述した欲求を持ちながら、結局今まで行動を起こせませんでした。大学でも、社会人になってからすぐでも、何かしらの行動を起こせば、少しずつでも「なりたい自分」に近づけるのに、「今更もう遅い」とか、適当な理由をつけて頑張ることから逃げていました。

おそらくその時はこう考えていたのではないかと思います。


理想の自分像とは、「なりたい自分」ではなく「ならなければならない自分」である、と。


こう考えると、途端にやる気がなくなります。
なぜならば、理想の自分になるためには「やらなければならない」嫌なことが山積しているわけです。その山を見て、足がすくんだ時に、さらにADHD特性が顔を出し、後回しにする、最悪やらない、というサイクルを形成してしまうのです。




魔法の言葉「やりたくないならやらなければいい」


そんな自分も、3ヶ月の休職を通して、生活リズムを戻し、様々な気づきに触れて、少しずつでも社会復帰の準備を進める中で、「何かしたい」と思うようになってきました。

そこで、自宅に戻ってからは、積読していた英単語帳や英語おさらい本、会計基礎本に取り組んでいるわけですが、この「何かしたい」という欲求にならない時は、基本無理に動かないようにしています。

1度の勉強時間も、10分〜30分がほとんどです。飽きたらすぐにやめます。 で、また「何かしたい」と思ったらテキストを広げます。

やりたくないならやらなくていい、常に自分に言い聞かせると、不思議なことに暫くするとまた何かしら「したくなっちゃう」んです。 していない状態に嫌悪感を抱くんです。この感覚、何と無くでも共有していただけるといいんですが、文章でうまく伝えられないことが歯がゆいです。

我ながらなんという天邪鬼かと思いますが、そういう性分だから仕方ないのです。これが僕に1番合った勉強法でした。




僕たちにとって「したくない」時は「すべき」タイミングではないのかも


上述した通り、「したい」といった感情が芽生え始めた時がやりどきで、「飽きた!やりたくない
」と思った時がやめどきです。

しかし、「やらなければならないこと」は生きて行く中でどうしてもありますが、そうなれば、やりたい理由を適当につけて、5分だけでもやるとか、とっかかりを見つけるといいと思います。経験の話になりますが、やっていくうちに「しょうがない、やるしかないか。。。」と諦めの気持ちがモチベーションになることもあります。もうモチベーションになって仕舞えば、「したい」状態も一緒だと、強引に考えて仕舞えばいいのかな、といまは思います。



あくまで僕の主観なので、全く参考にならなかったかもしれませんが、なにか少しでも「なるほど」と思えるところがあれば幸いです。



今回はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[後悔]休職前にしておけば良かった!お金にまつわる4つのこと

こんにちは。

今日は現実的な話を少々。
今年7月に妻と入籍を済ませ、来年春に挙式をする段取りをしているのですが、ようやく費用の概算が見えてきました。

全部僕が払うわけではもちろんないのですが、それでも結婚資金って高いですよね。
更に夏のボーナスは新生活の家具やら家電やらに消えているので、正直現状かなり切り詰めて生活しても、結婚資金を捻出できるかどうかはギリギリです。

結局、休職前の僕の杜撰なお金に対する姿勢がこのような現状を産んでいます。

結婚などのビッグイベントはなくとも、休職中のお金って何かと入り用かと思います。
誰もが「まさか自分が休職する」と思って生活していないとは思いますが、発達障害特性を持っている方が就職すると、2次障害で休職する確率はどうしても増えてくるとは思います。

特にADHDの特性でもある衝動性は、お金の管理とは本当に相性が悪いです。

そこで、しくじり先生ではないですが、いま僕が「しておけば良かった!」と思う4つのことをご紹介したいと思います。



1、貯金(定期預金口座の開設)


当然と言えば当然ですよね。僕も、去年の夏までは順調にお金を貯めていました。
しかし、その手段は、貯金用の別の口座(と言っても会社の備品等を立て替えたお金が振り込まれる口座ですが)に、その月余ったお金を振り込むだけ、あとはボーナスには最低限手をつけない、というなんとも杜撰なものでした。

去年夏にその口座から一括で、しかも半ば衝動的に中古車を購入してからは金銭感覚が麻痺し、残業代込みの手取りでも微々たる額しか貯金できなくなってしまいました。

このようなことを防ぐには、簡単には出金出来ない定期預金口座を開設し、自分の衝動性をクールダウンさせる必要性があったと思います。



2、通帳記帳の習慣付け


これも普通の人は本当に当たり前にやっていることだと思います。妻と生活して、1番と言っていいくらい驚かれたことでもあります。

僕は学生時代から、「自分の通帳に記帳をする」という概念がないまま過ごしてきました。

さらに、社会人になってからクレジットカードを使用し出したにもかかわらず、記帳をしていないのですから、自分のお金の流れがわからないまま日々を過ごしていたわけです。

「今月いくら使ったか」という結果論でしかお金の管理をしていなかったので、手持ちのお金がたまたま少なかったことが続いた月のカード代に驚かされることも多々ありました。

なかなかいらっしゃらないとは思いますが、通帳記帳は最低でも月に1回は行わないと、本当にお金の流れがわからなくなり、どこを節約すべきかという概念すら持てなくなります。



3、買い物メモ作成の習慣付け


独身時代は、会社の寮に入っていたこともあり、お金に余裕がありましたので、赤字にならない範囲で好きなものを好きなだけ買っていました。

しかし、そのうちのほとんど、主に漫画や服などですが、結婚する際に売り払ってしまうようなものでした。
つまり、無目的に買い物に出かけて、その時の衝動性に任せてお金を使っていたわけです。


そのような過去を反省し、今は「買い物メモ」を作成しています。


漫画や書籍の所有冊数を自分で制限し、完結した漫画は売りに出すなど、モノの管理に乗り出しました。

洋服は、「どんなものが欲しいか(どのブランドのどのようなアイテムか)」をかなり明確にメモし、給料日前などある程度支出が確定し、余裕がある場合のみ買うように心がけています。



4、会社の給与や賞与、手当に関する規定の熟知


今、1番後悔していることはこれです。あまりにも突然の休職だったため、会社の規定を調べる暇もありませんでした。

そもそも、事務職員であるのだから、最低限自分に関係しそうな規定は覚えておけ!という話なのですが、営業や技術職の方に聞かれたら、規定集の中から要点を抜粋して答えればいいと甘く考えており、実際それで乗り切れていました。

業務にいっぱいいっぱいだったので適応障害と診断されたわけではありますが、せめて、一度調べた規定はその時にノートに書き留めておけばよかった、と今になって思いますが、時すでに遅しです。

休職期間中、一度部長と休職中の給与や有給の消化等に関する面談を行ったので、大まかには把握していますが、現状1番の心配事は「冬のボーナスが出るのかどうか」です。

調べて見たところ、法律に明確な基準があるわけではないので、査定期間に少しでも働いていれば満額でる場合、働いた日数を査定期間日数で割って賞与を算出する場合、休職した時点でボーナスが出ない場合、など、会社によって様々なようです。

僕の場合、4〜9月の査定期間のうち7月いっぱいまでは働いていたのですが、最悪支給されないこともあり得るわけです。

当然査定額が低いことはわかり切っていますが、ボーナスが出るか出ないかによって、お金を貯める心構えも目標額も変わってきますので、若手サラリーマンにとっては一大事です。



総括


以上が、ぼくが「やっておけば良かった!」と後悔している4つのことです。
みなさんからしたら当たり前のことだと思いますが、ぼくはこの「当たり前」ができなかったし、意識もしていなかったのです。

この記事で、もし「自分の中では意識していないけど、世間ではやっていて当然のこと」に思い当たる節がある方が、自分の生活習慣を見直すきっかけになれば幸いです。




長くなりましたが、今日はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[考え方の変化]突き詰められる何かを無理に「見つける」のではなく「気づく」へ

こんにちは。

僕はWAIS-Ⅲ検査を受けて、発達障害の診断を受けました。 当然動作性IQと言語性IQの凸凹は大きく、言語性IQ-動作性IQ=25程度の差がありました。

今働いている職種は言語性IQが求められるような仕事が限られてくるため、結果が分かってからは向いてないと考えました。言語性IQの高さを活かした、自分でも突き詰められる「何か」ならば、こんな自分でも無理なく働けるのでは、と思ってもいました。

しかし、現在、その考え方は少し変化しています。
どのような考え方にシフトしていったか、今日は綴っていきたいと思います。



「見つける」努力は自分を潰す事にもつながりかねない


僕は、幼少期から本を読むことが好きでしたし、国語だけは大して勉強しなくてもそれなりの点数を取れていたので、正直、言語的理解においては自信があります。

しかし、現在の職種は、じっくり言葉や行動の意味を考えるというよりも、とにかく即座の対応を求められる仕事です。また、短期間に同時に複数の依頼があるため、ワーキングメモリーの少ない自分には不向きですし、その認識自体は今も変わっていません。

言語性IQが分かってからしばらくは、今の仕事は向いていない、少なくとも向いている部署でないと自分は潰れてしまう、とばかり考えていました。
今になって思うと、このような考え方をしていたから、自分を正当化しすぎて潰れてしまったのかなとも思います。

しかし、今となっては、見つかるかもわからない、向いていることを「見つける」努力よりも、他にすべき努力がある事にようやく気付きました。



真に努力すべきは「自分がどうすれば潰れないか」突き詰めること


結局、一芸に秀でていても、それが社会人として有能だと認められるレベルまで昇華させなければ、今の日本では生きていけないことに気付きました。

また、一芸に秀でた有能だったとしても、「有能同士の潰し合い」の環境に必然的に身を置かなければならなくなります。

それらを加味した上で、本当の意味で「自分に向いていること」を探すことなどできないと薄々感じていたし、自分の才能に対しても、自分でも未だに半信半疑です。

結局、「見つける努力」は、僕を辛くすることはあっても、前向きな気持ちにはさせてくれませんでした。


しかし、逆説的に言うならば、「見つける努力」をやめれば、その分僕は辛くなくなるわけです。
つまり、僕がすべきは、「見つける努力」を含めた、「こうすべき」という自分を潰しかねない固定観念を1つずつ捨てていく、「自分を潰さないための努力」だと気付きました。




「見つける」から「気付く」という受け身になってみたい


やっぱり、固定観念というものは、ある程度主体的というか、主観的というか、悪く言ってしまえば独りよがりになりがちだと思います。

今までの固定観念の中から何かを「見つけよう」と思っても、最適な答えなんて見つからないのはある意味当たり前なわけです。


今の僕に必要なのは、「見つける」のではなく、他者との関係の中で、関係性構築のコツや本当にやりたいことに「気付く」ことだと思います。


自分や相手を固定観念の中で潰していくのではなく、相手との関係性の中で何かに「気付く」。
主張するのではなく、謙虚に受け止める。その中の「気付き」の蓄積の中に、僕が突き詰められる何かに気付く時がきっと来るはずです。

その時までは、やはり自分と家族の心と体を第一に考え、普段の生活を少しでも充実させていければいいなと思います。



今日はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[結婚生活]「世界一難しい恋」最終回から学んだこと

こんにちは。

私事ですが、僕は今年の7月に結婚しております。
その1ヶ月後に発達障害が発覚し、休職しておりますので、妻には悲しい思いばかりさせているかと思います。
後は、やはり拘りが強いので、妻とのちょっとした生活習慣の違いが非常にストレスになっていました。

そんな中、たまたま実家で録画してあった「世界一難しい恋」というドラマの最終回を見たのですが、何というか、今の自分たちの状況とリンクしている箇所が多くて、思わず苦笑してしまうほどでした。



「世界一難しい恋」の概要(ネタバレ有)


このドラマは、大野智演じるホテル会社社長の高飛車で不器用な主人公と、波留演じる一本気で意思の強いヒロインの、一見ミスマッチに思える2人が何度も衝突しながらも、周囲の支えもありながら恋愛を進展させていく、というストーリーです。

最終回では、結婚を意識した主人公が、結論を急ぎ同棲を迫り、お互い話し合った結果同棲を開始し、衝突を乗り越えて高飛車な主人公も少しずつ変わっていく、という展開でした。



人と暮らすことの難しさ


高飛車な主人公は、同棲を開始するにあたり、「自分の思い通りにならなくても絶対に我慢する!」と宣言し、事実その通りにするのですが、不満は顔に露骨に出る有様。
ヒロインが「我慢していることがあったら言って」と言ったことで堰を切ったように不満を述べる場面があるのですが、これが本当に自分を見ているようで…

主人公の我慢とは、靴下の収納の仕方だとか、洗い物のタイミングだとか、お米のかたさ加減だとか、一見すごく下らないのですが、自分もそんな些細なことでストレスを感じていたなぁ…と思わず感情移入してしまいました。

僕ら夫婦は同棲を経ておらず、結婚後から同棲を開始しましたが、性格が近い部分が割と多いので、まぁ俺が我慢すれば大丈夫だろう、と高を括っていました。

妻のちょっとした感情の乱高下も、次第に許せなくなったり…。好きで結婚したはずなのに、今思うとなぜ許せなかったのだろうと思います。



妻や恋人に「母性」を求めてはいけない


妻や恋人に甘えてはいけない、とは思いません。でも、妻や恋人は別人格であり、自分を産んで無条件に愛情を注いでくれる、母親と混同してはいけないということです。

別人格としての妻を尊重し、妻の生活リズムを尊重し、お互いの妥協点を見つけ、改善する。そのサイクルが出来ていなかったし、そのサイクルを行う前提に僕が立っていなかったのだと思います。


明日の夜、自宅に戻ってからは、妻を尊重し、最も信頼を置けるパートナーとして、接していこうと思います。 「親しき中にも礼儀あり」ではないですが、最愛の女性として、また最高の親友として、これからは妻を支えていける夫でありたいと思います。



今回の記事はこれで終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました。

[雑記]休職期間中に刺激を受けた言葉など

こんにちは。

実家帰省期間も残すところあと僅か。自宅に戻れば、職業評価面談、復職面談、服薬相談と、社会復帰に向けた日々に身を置くことになります。

今日は、休職期間中に刺激を受けたことばや、その結果を受けて考えたことを記したいと思います。


映画監督、新海誠氏×作家、川上未映子氏の対談より

「(人が死ぬことの怖さについて作文を書いた川上氏に対し)小学校の先生から、『それは先生にも分からん。分からんけども、それを考え続けていくことはええことやと思う、ええ作文やったな』って言われて、あぁ、私、これ考えてていいんだって、ようやく認められたような感じで。ようやく私が私で居られることを認められたというか」



「(初めての自主制作映画の上映日、自分の映画を見るために列を作った人びとを見た新海氏)今までマイナスだったものがようやくゼロになったんですよ。水面からようやく顔を出せたという感覚で。」



この言葉を受けて、僕はまだ、新海誠氏の言うところの「水面下」でもがいているのかなぁ、と思いました。 発達障害というマイナスをまだゼロに出来ていないし、川上氏のいうような、「自分が自分で居ていい」という感覚もまだないなぁ、と。

なにか自分の出来ること、自分のいいところを自分で認められたら変わるんでしょうけど、現状はまだまだ難しいですね。


休職期間中の母親との電話の中で


要点のみ書き出します。


①スモールステップ、今自分が少し頑張って出来ることを何回も何回も乗り越えて、着実に出来ることを積み上げていく。それで自信がついて行く。


②先ばかり見ない。今出来ることを一生懸命やる。



当たり前のことなんですが、僕にとってはこれが本当に苦手なんですよね。
目標とか、壮大な未来を欲してしまうというか、今出来ることが、苦手なことなのか、していないだけなのか、その判断すら難しいというか…。
一歩一歩、歩みを進めていくために、少しずつ少しずつ考え方を変えていきたいです。



映画「ヒミズ」より

「一度人生にケチがついた人は、価値観を変えてでも生きていかなければならないんだよ! 」



「住田くん(主人公)は自分で決めたルールで雁字搦めなんだよ。」



これは、どちらも二階堂ふみ演じるヒロインのセリフです。
自分の価値観の中でしか生きられず、極端な行動に走った主人公に対して、全力で叫んだものです。

これは物凄く響きました。
でも、価値観を変えるのって本当に大変ですよね。それも、成人してから、「ちょっとだけ普通の人とは違うよ」と言われても、今まで「普通の」文脈の中で生きてきたのに…、と思ってしまいます。
その価値観自体に縛られて雁字搦めなのも分かっては居るんですけどね。
これも、かなり長い目で縄を解いていかないといけないなと思います。



発達障害との向き合い


休職期間中、いろいろと考えました。

ひとつは、

発達障害だから不幸なのではなく、発達障害の特性を長所と捉えられず、また、発達障害だからと自分の短所を正当化するために発達障害は『障害』となる」ということ。


もうひとつは、

発達障害である自分が経験則から得られる体験知識は定型発達者の方の75%くらい。だいたい未成年〜成人したてであることを理解しながら、120%以上の体験と学びを繰り返し、極力早く実年齢と精神年齢の一致を目指すことが必要である」ということです。


どちらも、本当に本当に先が長いというか、今の僕にとっては気が遠くなるような話ですが、あまり焦らず、あまり自分を責めず、少しずつ水面の近くを目指して足掻いていけたら、いつか水面から顔を出せたらいいな、と思います。



本日はこれで終わりです。最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。